金魚2019-4

コンセプト

　1995年1月、田中のアトリエがある神戸を地震が襲った。町のダメージは想像を絶するもので、アトリエの回りは傾いた建物、歪んだ地面、灰色の空間が続いていた。建築物の水平であるべき部分、垂直であるべき部分がどこだったのか判別できず、町は私達が生活の中で無意識に感じ取っていた基準を失っていた。不安と混乱、そして無力感の中、この基準のない空間で私が感じた大きな違和感は、自分の生活を取り巻く基準について考える切欠となった。私達は様々なレベルで基準を作り日本という社会や文化を形成し、物理的にも精神的にも自分達が生活しやすく整頓された空間で活動しているが、普段その存在に気づくことはない。
そして、その基準の中で生活する人間が持つ共通概念は意思伝達に必要なことである反面、思考や創造の自由を束縛しかねい。あたり前に存在するものを認識するのは困難であり、それにより精神的閉鎖性を持ってしまうとは考えず、その束縛にはなかなか気づくこともない。世界は多様な基準で構築されており人はそのうちのある一つ、もしくは数個の基準の中で生活しており、人種、国家、宗教間の摩擦や争いは全てと言ってよい程この基準の差異から起こる。ならば、そこにある現象に対して広い視野と寛容性を持って関わることができれば、世界はもっと柔らかい空間になり、人はもっとしなやかに生きられるのではと感じたことが、現在に続く仕事の始まりだった。
人の概念を再構築するための装置として機能させる為に、このシリーズは既に認識されている事を分解することから始まる。つまり、その物を認識させるために存在する文脈を曖昧にしていくのである。彼がインスタレーションの構成単位として使用している電球や卵、あるいはスパイスのチューブは、単体では画廊や美術館に通常展示される物ではなく日常生活においてその意味をなす物である。それらを作品の構成物の選定基準、数や配列パターン等の基準はビューアーには明確でない状態で存在させること、アート空間に置くことによる違和感、数、配列形態、鑑賞者と作品の距離により意味が変化することなどがこのシリーズの軸となる。この仕掛けによりビューアーの既成概念にズレを生じさせるのである。
このシリーズには更に立体と平面、抽象と具象などの定義(基準)を相対的にするジクソーパズルを使ったものがある。オリジナルデザインのジクソーパズルは無限に連続させることが可能であり、作品に対峙する者と作品との距離の変化で見え方は抽象から具象へ、具象から抽象へと変化する。また、平面から立体への移行を具現化したものもある。
全て、ビューアーの概念の少しのズレを生じさせることにより、固定した基準を曖昧にさせるための装置である。この認識の僅かな変化はより柔らかい世界観で物事に関わる体験となるだろう。微妙なズレがおこり、人の思考が戸惑いとともに解き放たれ、そして再び概念を再構築する体験装置であるこのシリーズがバタフライ効果の様に世界に変化を起こすことを期待している。